日本語教師を始めてしばらくすると、学習者から思わぬ質問を受けることがあります。
その一つが、
先生、「もの」と「こと」は何が違いますか?
という質問です。
日本人にとっては当たり前のように使い分けている言葉ですが、改めて説明しようとすると意外と難しいものです。
実際、新人日本語教師の中には、
「どちらも thing ですよね……」
と説明に困った経験がある人も多いのではないでしょうか。
今回は「もの」と「こと」の違いを、授業でどのように教えればよいか、そして学習者にはどのように説明すればよいかを紹介します。
まず教師自身が理解したいこと
一番シンプルに言うと、
「もの」は形があるもの
「こと」は形がないもの
です。
もちろん細かい例外はありますが、初級学習者にはまずこの考え方で十分です。
「もの」は目に見える
例えば、
- 机
- 本
- ペン
- スマートフォン
これらはすべて形があります。
だから「もの」です。
例文
- これは私のものです。
- 日本のものが好きです。
- 大きいものを買いました。
どれも実際に存在する物を指しています。
「こと」は出来事や行動
一方、
- 勉強する
- 旅行する
- 日本語を話す
- 映画を見る
これらは形がありません。
行動や経験です。
だから「こと」を使います。
例文
- 日本語を勉強することが好きです。
- 本を読むことは楽しいです。
- 海外へ行くことが夢です。
学習者が混乱する理由
英語ではどちらも “thing” に近い意味になることがあります。
そのため、
日本語を勉強するものが好きです。
と言ってしまう学習者がいます。
しかしこれは不自然です。
なぜなら、
「勉強する」は行動だからです。
そのため、
日本語を勉強することが好きです。
が正しくなります。
学習者への説明
私は授業でこう説明しています。
先生:
「もの」は触ることができます。
学習者:
本とかですか?
先生:
そうです。本、机、携帯電話ですね。
学習者:
「こと」は?
先生:
「こと」は触れません。
学習者:
触れない?
先生:
勉強すること、旅行すること、話すことです。
学習者:
ああ、行動ですね。
先生:
そうです!
この説明だけで理解する学習者はかなり多いです。
「趣味は何ですか」でよく出る間違い
授業でよく見るのがこのミスです。
学習者:
私の趣味は映画を見るものです。
これは不自然です。
正しくは、
私の趣味は映画を見ることです。
です。
なぜなら趣味は行動だからです。
「好き」の文型で覚える
初級学習者は次の形をよく使います。
- 読書が好きです。
- 料理が好きです。
ここで動詞が来ると、
必ず「こと」が必要になります。
- 本を読むことが好きです。
- 日本語を勉強することが好きです。
このルールは覚えやすいのでおすすめです。
「こと」が名詞になる
新人教師はここも理解しておきたいポイントです。
例えば、
日本語を勉強します。
これは普通の文です。
しかし、
日本語を勉強することは楽しいです。
になると、
「勉強する」が一つの名詞のようになります。
つまり、
「こと」は動詞を名詞化する働きがあります。
学習者への説明
難しい言葉は使いません。
先生:
「こと」を使うと文章が名詞になります。
ではなく、
先生:
「勉強する」は動詞です。
でも「勉強すること」は一つの名前になります。
学習者:
ああ、「勉強」という活動ですね。
先生:
そうです。
このくらいで十分です。
「もの」は理由にもなる?
中級になると学習者がこんな文を見つけます。
子どもだもの。
だって人間だもの。
ここで混乱します。
「もの=物」じゃないの?
と思うのです。
実はこの「もの」は、
理由や言い訳を表す文法です。
しかしこれは初級では扱わなくて大丈夫です。
まずは、
もの=物
こと=行動・経験
をしっかり理解してもらうことが大切です。
授業で使える会話練習
先生:
本は「もの」ですか、「こと」ですか。
学習者:
ものです。
先生:
勉強するは?
学習者:
ことです。
先生:
旅行するは?
学習者:
ことです。
先生:
ペンは?
学習者:
ものです。
この練習だけでもかなり定着します。
新人教師が覚えておきたいこと
初級では難しい例外を説明しないことが大切です。
最初から、
- 形式名詞
- 名詞化
- 抽象概念
などを説明すると、学習者は混乱します。
まずは、
触れる → もの
行動・経験 → こと
というイメージを作ることを優先しましょう。
まとめ
「もの」と「こと」は、日本人にとっては自然に使い分けている表現ですが、学習者にとっては意外と難しい文法です。
だからこそ新人教師は、
もの=形があるもの
こと=行動や経験、出来事
というシンプルな説明から始めるのがおすすめです。
学習者は文法理論よりも、
「いつ『もの』を使うの?」
「いつ『こと』を使うの?」
を知りたいのです。
授業では難しい説明を減らし、たくさんの例文や会話練習を通して理解してもらいましょう。
その積み重ねが、学習者の自然な日本語につながっていきます。

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